2011/04/15

対応型人間ではなく発動型人間として生きる


今日は日記です。

突然ですが、ひとりの人間にコントロールできることなんてほんのわずかだと感じます。毎日の天気も満員電車も経済状況も、何ひとつ自分でコントロールすることができません。

しかし、朝起きてから夜寝るまでに何をするかとか、人生の目標をどこに置くか、などということはかなりの自由度をもって自分で決めることができます。現代において、24時間365日びっちり他人の管理下にあって自由が全くない、という状況はごくまれでしょう。


その状況はみんな同じなのに、人々の中には、毎日どんより過ごしている人がいる一方で、毎日イキイキ過ごしている人たちがたくさんいます

そのちがいが何なのか気になり、このところずっと考えていました。すると、ひとつ、その理由のようなものが見つかりました。

どんより生きる人とイキイキ生きている人の大きなちがい(理由)、それは「対応型人間」と「発動型人間」の差、です。


対応型人間とは
基本的に、周りの環境に対して後手後手で対応する形で生きるタイプの人。こういう人にとってきっかけはいつも自分ではなく環境の側にあるので、何か悪いことが起こったらその責任は環境の側にあると考えがちです。

たとえば、こんな言い訳をします。
「○○さんにやれと言われたから・・・」
「不景気だから・・・」


発動型人間とは
周りの環境に対応することもありますが、自らきっかけを起こして主体的にものごとを動かして生きるタイプの人。自分が何をするか、どう生きるか決める権利は自分が持っているということを自覚しているため、悪いことが起こったときにもすべてを環境のせいにすることはありません。

こちらの人は、言い訳の主語が自分(私)です。
「(私が)○○さんに頼まれたことをやりたくて・・・」
「(私が)不景気に対応できなくて・・・」


前者の対応型人間として生きると、自分には(自分の生きている)世界を変える力がないんだという考え方を自分に植え付けてしまいます。それが長く続くと、変化のきっかけを自分から起こすことが本当にできなくなっていきます。

一方で、発動型人間として生きると、失敗することもいっぱいありますが、ときどき訪れる成功が、自分には世界を変える力がある、という有能感を自分にもたらしてくれます。


人の人生にはいろいろなことが起こるし、どうしてもコントロールできないこともいっぱいあります。でも、その中で、どんより生きるかイキイキ生きるかを選ぶ権利が自分にあるのであれば、なるべくイキイキと生きたい――それは誰もが思うことでしょう。

そのためには、少しずつでもいいから、発動型人間として生きる習慣を身につける。きっかけを自分で生みだし、責任も自分で引き受ける。そういう姿勢を身につけることが必要となります。

言い訳をしたくなったら、主語を自分(私)にする。そうやって形から入るのでもいいと思います。最初の一歩を踏み出すことが肝心。


・・・とはいえ、そうは言っても、最初の一歩を踏み出すのがいちばん難しいところ。。。だと思います。なので、僕の残りの人生で、人がその一歩を踏み出すお手伝いができればなぁと思います。

がんばろ。

0 件のコメント: