2010/05/26

「○○しなければいけない」ことなんてない


この世で僕たちがやるすべてのことの根本には、自らの「○○したい」という欲望があるのだと思います。……当たり前のことかもしれないですが。。

たとえば、「お風呂に入らないといけない」というとき。
これは、外部から強制されてお風呂に入らないといけないわけではなく、単純に自分が「お風呂に入りたい」と思うから入らないといけないわけで、実は別にお風呂に入らなくても全然構わないわけです。
じゃあ「なぜお風呂に入りたいのか?」というと、「清潔でいたい」「身だしなみをしっかりしたい」という自分の欲望がまたその奥にあって、ということになるので、元を辿っていけば、やはり自分の欲望にたどり着きます。

同様に、「会社に行かないといけない」というときもことは同じです。
「会社に行かないといけない」と思っているとき、その前段階で自分が会社に行く場合と行かない場合の結果を天秤にかけて、その結果「行くこと」を選んでいます。ですので、「会社に行く」という選択肢を自分で選んだ末に「会社に行かないといけない」ことになっているわけです。ですのでこの場合も、根本は自分の欲望です。

…というのは他のどんなことにも言えるかと思うので、実は、人生の中で「○○しなければいけない」ことなんてそれほどたくさんはないんじゃないのかな、と思います。いくつかのオプションが目の前にある中であるオプションを選んで、「○○しなければいけない」という義務を自分に課しているのは自分自身なので、「○○しなければならない」の前に「○○した方がいい」(≒「○○したい」?)という判断が自分の中で起こっています。

であれば、「○○しなければならない」と言いたいときは、「○○しなければならない」と言っても「○○したい」と言っても、中身的にはどっちの言い方をしてもさほど変わらない、ということになります(なるかな、と思います)。

であれば、自分以外の誰かに原因があるようなネガティブな言い方「○○しなければならない」というのはできるだけ避けて、「○○したい」と言ってしまった方がいいのかな、と思いました。


これについては例外もたくさんあるかとは思うのですが、「○○しなければならない」と言っても「○○したい」と言っても意味は変わらない状況であれば、なるべく前向きな言葉「○○したい」と言える人間になりたいものです。今はしょっちゅう「○○しないと」と言ってしまいますが、、、目指すべき方向として。

0 件のコメント: